【ID26 金堂新大】つながり
つながり
これは有元先生が今年最も使った言葉です。
「つながりって何?」と聞かれても、いまだに明確な答えは分かりません。ただ、試合の中でふとした瞬間に感じるものがあります。押し込まれながらも全員で守っているとき、ビルドアップしているとき、ゼッツーをしているとき、ご飯を一緒に食べているとき。そうした瞬間に、確かに「つながり」を感じます。目には見えないけれど、この一年で「人と人とのつながり」を感じる機会が確かに増えました。
有元先生との出会いは、自分のサッカーへの考え方を大きく変えました。
中高時代の自分は、勝利こそが全てでした。勝つために辛い練習をこなし、試合中も死に物狂いで勝利を目指しました。当然、味方への配慮など一切なく、ミスには罵倒を浴びせ、要求は脅しとも取れるような言い方をしていました。それが当たり前だと思っていたし、自分が同じようにされても違和感を覚えませんでした。
しかし、ICUFCに入ると状況は一変しました。
ここでは要求が少なく、ミスに対しても非常に寛容でした。最初はその環境に少し失望し、自分のやり方を信じて変えずに強い要求を続けていました。
そんな中、有元先生は常に「仲間とつながること」を求めました。
「つながりがあれば、サッカーはもっと楽しくなる」
その言葉を聞き、一年間を通して自分なりに「つながり」とは何かを考え続けました。
サッカーは11人で行うスポーツであり、自分以外の10人がいなければ成立しません。だからこそ、チームメイトの重要性や感謝の気持ちは持っていたつもりでした。ただ、「つながり」という言葉の意味がピンとこなかったのも事実です。それでも、自分なりに考え、人に優しくすることでつながりは生まれるのではないかと思うようになりました。
最初の頃は、味方のプレーを褒めたうえで、自分の要求を伝えるように努めました。しかし、コミュニケーションが得意ではない自分には難しく、最終的には要求を減らすことしかできませんでした。それでも、自分なりに考え抜き、叱責よりもつながりを大切にした結果なので、不満はありませんでした。いつの間にか、チーム全体でも叱責が減り、つながりを意識したプレーが増えていったように感じます。
そうして迎えた一年間、僕はサッカーの「本当の幸せ」を感じることができました。
試合に勝つことだけが喜びではなく、仲間が楽しそうにプレーしている姿を見ることに何よりの幸せを感じました。そして、有元先生が与えてくれた「仲間とのつながりから生まれるサッカー」は、とても美しく楽しいものでした。
理科大戦の前日、有元先生がロープを持ってきて、全員をロープでつなぎ、守備の練習を行いました。その瞬間、「つながり」が初めて目に見えたような気がしました。ボールに最も近い選手がボールを奪いに行けば、隣の選手が空いたスペースを埋め、さらにその隣の選手も動く。つながりを意識することで、1人ではなく全員で守ることができたのです。翌日の試合ではその練習が見事に活き、強固な守備を発揮することができました。
また、外大戦では30本以上のパスをつなぎ、シュートまで持ち込む場面がありました。練習では見られなかった形のビルドアップでしたが、全員が即興で味方とつながり、自然とパスをつないでいました。その姿はとても美しく、心に残るものでした。
日文の試合で、サクが勝ち越しゴールを決めて全員で喜ぶ姿は、試合に出ている選手だけでなく、ICUFC全てに関わる人の「つながり」を体現したものでした。
練習後や試合後に行うゼッツーでは、学年を超えて笑い合い、ボールをつなぐ姿に「つながり」を感じました。
この一年を通して、サッカーの可能性や素晴らしさを再確認することができました。ボールは人をつなげ、サッカーは勝てなくても笑顔を生む。見ている人たちも幸せにできる。そんなサッカーの楽しさを教えてくれた有元先生には感謝しかありません。そして、その楽しさを体現してくれたチームメイトのみんな、本当にありがとう、大好きです。
金堂新大